幕末に、これらのすぐれた人材を輩出することができたのは、江戸時代の教育がすばらしかったからと言うことを、前のこのコーナーで書きましたが、繰り返しますが、江戸時代の教育とは寺子屋の教育のことです。あるいは各地の藩校での教育のことです。
先輩は後輩の面倒(勉強)を見ることによって、学問の理解が深まり、また後輩の面倒を見ることによって慈しみの心を育てます。また逆に後輩は、先輩に対する敬いの心や感謝の心を育てていきました。そ中で礼儀作法など、社会に出てから必要なことも身につけていったのです。またそのころの塾長には、吉田松陰先生など、すばらしい先生がたくさんいました。松陰先生のような、高潔な魂から薫陶をうけ、先輩からその精神を受け継いでいったのでしょう。そしてまた年月を経れば、今度は新しく年長者になった先輩が、また新しい後輩の世話をするという循環の中で、すぐれた人材を輩出していったのです。
少し余談ですが、そのころの江戸の寺子屋の先生の4割近くが女性だったというのも、興味深いところです。形式や建前がどうであれ、江戸時代はすでに、かなり実質的に、男女同権だったのではないでしょうか。そのような寺子屋や藩校が、全国いたるところにあり、それが明治に入って、小学校や大学になっていったのです。だから日本の義務教育も、高等大学教育も、すぐに欧米に劣らぬものとなったのです。いや初等中等教育においては、最初から欧米以上のものだったのではないでしょうか。
(つづく)