どうしてこんなひどいことが、許されていたのか、私なりの分析を試みてみます。
この「いじめ」のヒエラルキーは、入学後1~2ヶ月でできたそうです。その間、序列ができる間は気がぬけなかったと、その教え子は言っていました。こういう高校では、生徒どうしだけでなく、教員の間でも「いじめ」があるそうです。教員間の序列もはっきりしていて、それが生徒の目からも、はっきりわかると言っていました。
生徒間の「いじめ」は、教員間での「いじめ」が生徒の間に伝わったものです。大人世界でも当然「いじめ」がありますが、大人の世界に「いじめ」があるからこそ、子供の世界にも「いじめ」があるのです。その典型的な例が、この私の教え子が通っていた高校です。
やられたやり返す。百倍返しではないですが、「いじめ」られたら、「いじめ」た相手にしかえしをしたい。そう思うのが自然な姿です。でも「いじめ」るぐらいだから、相手は自分よりずっと強いはずです。復讐すれば返り討ちにあうかもしれません。「いじめ」られた側はどうしようもないストレスがたまります。そのどうしようもない憤懣を、とりあえず自分より劣ったものにぶつける。それが「いじめ」です。学校の先生も機嫌が悪い時は、生徒に厳しくあたっていたそうです。まるで生徒に八つ当たりするようだったそうです。それだけ教員間でのいじめやトラブルが多かったのかもしれません。
また「いじめ」のことを、先生に訴えても、とりあってくれなかったそうです。多分自殺者でも出ない限り問題にしないのでしょう。また「いじめられっ子」は、 「いじめっ子」からの復習も恐れていたそうです。幸い私の教え子は腕力もあり、序列の上位に位置していたので、「いじめ」の対象にはならなかったかったようです。
彼の話から読み取れることは、進学実績やクラブ活動の実績を上げるために、教員に過度のプレッシャーをかけている高校は要注意だということですね。